タイム誌、「今年の人」にメルケル首相を選出:その理由とは?

アメリカのタイム誌が毎年年末に発表している「今年の人」。今年は、ドイツのアンゲラ・メルケル首相が選出されました。首相就任から今年で10年を迎えたメルケル首相ですが、なぜ彼女が選ばれることになったのでしょうか?

政治的指導者としての特異な生い立ち

タイム誌のナンシー・ギブス編集長は、発表した声明の中で、メルケル首相が「今のヨーロッパで最も強力なリーダーである」と指摘した上で、彼女の歩んできた人生が、ヨーロッパのリーダーに至るまでにはあまりに特異なモノであったと指摘しています。

「彼女の生まれ育ったドイツ民主共和国(東ドイツ)は、実際は民主的でも共和的でもなく、ジョージ・オーウェルが作品の中で描いていたような(全体主義的な)国家であった。
(中略)、ドイツが統一された1990年当時、西側の人達は、自分たちとは異なる社会で暮らしてきた東側の人達を、宇宙人のように異質な人達として扱っていた。

そのような経験を個人的にもしている西側のリーダーはメルケルだけである。その生い立ちがあるからこそ、彼女は自由がいかに素晴らしく尊いモノであるかを理解し、政治家としてのリスクを恐れずに思い切った決断ができるのではないだろうか?」

また、ギブス編集長は「物理学者としてのバックグラウンドが、淡々と決断を行う政治手法につながっている」と指摘し、それ故に「メルケルは良く分からない。実は誰かに操られているのではないか?」とアメリカなどで揶揄されることも多いと指摘しています。

欧州が数々の危機に直面した2015年

続いてギブス編集長は、今年のヨーロッパをこのように振り返っています。

「ヨーロッパは今年、三回存続が危ぶまれる危機を経験した。ここでいう存続の危機とは、文化的、あるいは地理的に存在が危ぶまれたという意味ではなく、歴史的な政策実験の場となってきたヨーロッパの存在が危ぶまれたという意味である。」

そして、「存在が危ぶまれたヨーロッパ」に対するメルケル首相の状況についてこのように書いています。

「今年が始まる以前から、メルケルはギリシャの財政問題や、プーチンのウクライナ侵攻に対応するリーダーとして、EUにとって、欠かせない存在となっていた。しかし、今年はギリシャが破綻寸前にまで追い込まれ、ユーロ圏自体の存在が脅かされた。さらに、難民問題が深刻化し、国境を自由に行き来できるというEUの大原則が脅かされた。そして、パリのテロ事件により、信頼の精神に基づき多くの人を受け入れていたヨーロッパで、『もう信頼という精神に頼らず、国境に壁を作って入ってくる人を制限しよう』という議論が出てきた。」

数々の危機に毅然とした対応を取ったメルケル首相

数々の問題に直面することになったメルケル首相の対応について、ギブス編集長はこう記しています。

「これらの問題に対し、メルケルは真正面から取り組んだ。まず、ギリシャを財政的に救済した(批判はあるが、少なくともメルケル本人は救済したと思っている)。そして、ドイツ政府は、難民に対し、『テロをヨーロッパに持ってくる加害者』という見方はせずに、『イスラム過激主義の被害者こそが難民だ』として多くの難民を受け入れた。

「更に、ISIS掃討作戦に参加するために軍隊を海外派遣した。ドイツは戦後70年間、先の大戦での極端なナショナリズムや軍国主義への反省として、軍隊の海外派遣に慎重な立場を取ってきた。メルケルは、『人道主義、寛容性』といったキーワードを用いることで、軍の派遣に嫌悪感を持つドイツ社会を変えようとしてきた。『軍隊の仕事は、場所を無造作に破壊することではなく、ドイツが持っている人道性や寛容性を体現することなのである』と。このように国家の根本的な価値観となっていた考え方を転換しようとするリーダーはまれである。

メルケルはこう言っている。『危機に直面している時にやるべきことは、ニコニコしながら、これは軍事的な行為なのでできません、ごめんなさい。と謝ることではない。そんなことをやっている国は、私の祖国ではない。』」

メルケル首相がドイツ国内外で受けた批判

ギブス編集長は「メルケルはもう、研究所に籠る物理学者ではなく、強い意志を持った政治家になった」とした上で、メルケル首相がドイツ国内外で受けた批判にも言及しています。

ひとつは、ドナルド・トランプ氏から受けた「危険な難民を受け入れるなんて、彼女は頭がおかしい」という批判。

そして、ドイツ国内からの批判を紹介しています。

「彼女は、ドイツの怒れる抗議者たちから『裏切り者』と批判され、支持者からは、『そのうち暴動が起きるのではないか』と心配する声が聞かれる。政権に批判的な立場の人たちからは、『このままではドイツの経済は崩壊し、これまで培ってきたドイツの文化もメルケルによって滅ぼされてしまう』と声をあげている。保守派は難民の受け入れについて『我が国はイスラム過激主義と反ユダヤ主義を輸入しようとしている。難民の受け入れは民族的な対立を引き起こし、この国の社会と法の存続を脅かすモノだ!』と猛批判している。」

このような具体的な声以外に、ギブス編集長はメルケル首相の支持率が、ドイツで最近20%以上下落したという事実を紹介しています。以上の点を指摘しつつも、ギブス編集長は声明をこう結んでいます。

「メルケルはまだドイツの人々を信頼している。そして彼女がこれまで言ってきたことをこれからも言い続けるだろう。“Wir schaffen das,”(私たちはできるのだ)と。」

ちなみに、メルケル首相はタイム誌が選んだ「今年の人」としては、四人目の女性(29年ぶり!)となります。29年ぶりに女性が選ばれたという事実は、世の中のジェンダーギャップの問題の深刻さを改めて伺わせるモノなのではないかと個人的には思います。

果たして、来年はどんな年になり、どのような人物が「2016年の人」になるのでしょうか?

参考記事

http://time.com/time-person-of-the-year-2015-angela-merkel-choice/

AUTHOR

清田健介

THE MEDIA HACK寄稿者。翻訳者。